2026.09.09
建設業のAI活用事例【2026年】|人手不足と技能継承の壁を出典付きで解説
建設業でAI活用の事例を探している方の多くは、人手不足や高齢化、技能継承の遅れといった課題を目の前にしています。しかし、世の中にあるAI活用事例の記事は業種を問わず横断的にまとめたものが多く、建設業特有の事情には踏み込みきれていないことがよくあります。現場ごとに条件が異なる一品生産であること、資格者や有資格技能者に業務が集中すること、天候や地盤といった制御できない要因が工程に影響することは、建設業のAI活用を考えるうえで避けて通れない前提です。公式発表で確認できた建設業界のAI活用事例を掘り下げたうえで、施工管理・安全基準・労務管理・技能継承・人手不足という建設業特有の制約に焦点を当てて整理します。建設会社の経営者やDX推進担当、現場責任者の方に向けた内容です。数だけを追う事例集ではなく、自社の現場に置き換えたときに何が壁になるかを判断できる状態を目指します。
目次
建設業のAI活用とは何か
建設業のAI活用とは、設計・施工・点検・安全管理・労務管理といった各工程にAIを組み込み、人の判断や作業の一部を代替・支援する取り組みです。製造業や小売業のAI活用と違うのは、対象となる建物や現場がひとつとして同じ条件にならない点にあります。
工場のラインであれば同じ製品を繰り返し生産するため、AIの学習データも蓄積しやすくなります。一方で建設現場は、敷地の形状や地盤、近隣環境、発注者の要望がその都度変わる一品生産です。そのため、AIを当てはめやすいのは、検査基準や設計値のように判定基準がすでに文書化されている業務からになります。逆に、現場監督の勘や経験に頼っている業務は、判断の根拠を言語化する作業が先に必要になり、AI活用の難易度が上がります。
契約構造の違いも見逃せません。製造業のAI活用は自社工場内で完結する意思決定が多いのに対し、建設業は発注者・元請け・下請けという複数の主体が一つのプロジェクトに関わります。誰がAIの導入を決め、誰がその結果に責任を持つのかという線引きは、契約関係が絡む分だけ他業種より複雑になりがちです。
建設業の現場では、AI活用を考える前にこの「判定基準が明文化されているかどうか」を業務ごとに仕分けることが、遠回りのようで着手しやすいルートになります。人手不足が深刻化するなかで、どの業務から手を付けるべきかを見誤ると、現場の負担がかえって増えるためです。
仕分けの手を動かす際は、業務名を並べるだけでなく、その業務に月あたり何時間かかっているかを併記しておくと判断がしやすくなります。判定基準が明文化されている業務が複数見つかったとき、どれから着手するかを決める材料になるのは、基準の明確さと投じている時間の掛け算だからです。書類作成や集計のように毎月まとまった時間を使っている業務は、基準がはっきりしている分だけ効果を確かめやすく、最初の対象になりやすい領域といえます。
もうひとつ見落とされがちなのが、意思決定の権限が誰にあるかという点です。建設業は元請けが全体を統括し、専門工事は一次下請け、二次下請けへと業務が分かれます。AIを導入するかどうかを元請けが決めても、実際にデータを入力し判断を仰ぐのは下請け企業の現場担当者であることが多く、導入の主体と利用の主体がずれやすい構造になっています。誰がデータを入力し、誰が結果を確認するのかを決めないまま導入すると、現場に定着しないまま形だけの取り組みで終わりかねません。
人手不足や技能継承の遅れという課題を前に、何から手を付ければよいか判断がつかない場合は、お問い合わせページから状況をお聞かせください。この課題の実態を、次の章で確認します。
建設業がAI活用を急ぐ背景|人手不足と技能継承の壁
建設業がAI活用を急ぐ背景として大きいのは、就業者の減少と高齢化がほかの産業より速いペースで進んでいることです。人手そのものが減るなかで、これまで人に依存してきた業務の一部をAIに任せられるかどうかは、現場を維持する手立てのひとつになります。もっとも、打ち手はAIだけではありません。業務の標準化、工程や契約の見直し、採用と定着の強化、点検などの専門業者への委託も並行して検討する対象です。
就業者数の推移と高齢化の実態
日本建設業連合会(日建連)は、総務省「労働力調査」をもとに建設業の就業者数と労働時間の推移を公表しています。就業者数はピークだった1997年から3割以上減り、現場で手を動かす建設技能者に限ると減少幅はさらに大きくなっています。
| 指標 | ピーク時 | 2025年 | ピーク比 |
|---|---|---|---|
| 建設業就業者数 | 685万人(1997年) | 478万人 | 約69.8% |
| 建設技能者数 | 464万人(1997年) | 296万人 | 約63.8% |
年齢構成にも偏りが出ています。2025年時点で55歳以上が就業者全体の約37%を占める一方、29歳以下は約12%にとどまります。若手の入職が細いまま、ベテラン世代の引退が重なる時期に差しかかっているのが現状です。
労働時間にも産業間の差が残っています。同じ日建連のデータでは、建設業の年間実労働時間は2025年時点で全産業平均より約237時間、製造業より約40時間長くなっています。年間出勤日数も235日で、全産業平均より26日、製造業より11日多い水準です。人手が減るなかで労働時間の是正も同時に求められていることが、建設業のAI活用を単なる効率化ではなく構造的な課題への対応にしている理由です。
参考:建設業デジタルハンドブック(建設業就業者数・労働時間の推移)
技能継承が進まない構造的な理由
建設現場の技能継承が進みにくいのは、判断の基準の多くが図面や仕様書ではなく、熟練技能者の経験のなかにとどまっているためです。コンクリートの打設タイミングや、配筋の微妙な調整、現場の異音から不具合を察知する感覚は、マニュアル化しにくい暗黙知として蓄積されてきました。
若手の入職が減り、現場に同行しながら学ぶ期間そのものが短くなっていることも、継承を難しくしています。従来は数年かけて現場を経験しながら覚えていた判断を、より短い期間で共有する仕組みが必要になっています。AIが担えるのは、熟練者の判断や作業の記録を映像やデータとして残し、検索・比較できる形にする土台づくりです。技能そのものを移すことはできませんが、判断の根拠を可視化する役割は果たせます。
記録の多くが紙の図面や個人のメモ、口頭での申し送りに残っている点も、継承を難しくしている要因です。デジタル化されていない記録は、AIに学習させる以前に検索すらできません。技能継承にAIを役立てるつもりであれば、まず現場の記録を電子データとして残す運用に変える必要があり、これは技術導入というよりも日々の記録習慣を変える取り組みに近くなります。
こうした背景のなかで、実際にAIを導入した企業がどこにどう取り組んでいるのかを、次に確認していきます。
建設業のAI活用事例(1)鹿島建設「Kajima ChatAI」
鹿島建設は2023年8月8日、自社およびグループ会社の従業員約2万人を対象に、社内専用の対話型生成AI「Kajima ChatAI」の運用を開始しました。Microsoft の Azure OpenAI Service を基盤に、イントラネット内で完結する環境として構築されています。
導入の背景とセキュリティ設計
鹿島は以前、外部の生成AIサービスを業務利用の対象外としていました。入力した情報がAIの学習データに取り込まれ、第三者への回答に利用されることで、設計図面や取引先情報といった重要情報が外部に漏れるリスクがあったためです。「Kajima ChatAI」はイントラネット内に環境を構築することで、入力情報が外部に出ないようにしたうえで、従業員認証や利用履歴の記録機能を備えています。
つまりこの事例は、生成AIの機能そのものよりも、社内で安全に使える環境をどう設計するかという論点への回答です。従業員が個々の判断で外部サービスを使うかどうかを迷っていた状態から、会社として利用可否を統一し、認証と履歴管理のもとで全社員が使える状態へと変わりました。約2万人規模という対象範囲の広さそのものが、この取り組みの到達点を示しています。
建設業が扱う情報には、発注者との契約で第三者への開示が制限されている設計図面や積算根拠、まだ公表されていない入札関連の情報が含まれます。汎用の生成AIサービスにこうした情報を入力すれば、意図せず社外に漏れる経路をつくってしまう可能性があります。鹿島建設が外部サービスの利用を制限したうえで自社専用環境を用意したのは、生成AIの利便性と情報管理の責任を両立させるための判断だったと捉えられます。
生成AIは文章の下書きや翻訳、要約といった定型的な文書作業との相性がよく、資料作成に追われがちな現場事務所ほど活用の余地があります。大手ゼネコンに限らず、見積書のたたき台づくりや議事録の整理といった業務は、規模の小さな建設会社でも同じように負担になっているはずです。鹿島建設の取り組みは、そうした業務を安全な環境でどう任せるかという、規模を問わず参考にできる論点を含んでいます。
建設業界にとっての学び
建設業は取引先情報や設計データなど、外部に出せない情報を多く扱う業界です。生成AIの活用を検討する際は、便利さだけでなく「どこまでの情報を、どの環境で扱ってよいか」という線引きを先に決める必要があります。鹿島建設の事例は、この線引きを社内ルールと技術環境の両面から先に固めたうえで展開した例といえます。
同じ規模の環境を用意できない会社でも、線引きの中身そのものは文書として先に決められます。入力してよい情報とそうでない情報の区分、利用してよいサービスの範囲、誰がアカウントを持つかという権限の管理、そして誰がいつ何を入力したかを後から追える記録の残し方。この4点を決めておくと、ツールを乗り換えても判断の基準は残ります。逆にルールを決めないまま個々の判断に任せると、問題が起きたときに経緯をたどれず、原因の切り分けから始めることになります。
参考:鹿島建設「グループ従業員2万人を対象に専用対話型AI『Kajima ChatAI』の運用開始」
建設業でAI活用を検討する際、こうした情報セキュリティの設計を自社だけで整えるのは簡単ではありません。malnaでは、AI導入の初期段階で扱う情報の範囲とルールを整理するところから伴走しています。まずはどこまでの情報をAIに預けられるか、お問い合わせから相談いただけます。
建設業のAI活用事例(2)竹中工務店「スマートタイルセイバー」
竹中工務店は、ドローンで撮影した赤外線画像をもとに、AIが建物外壁タイルの浮きを自動判定するシステム「スマートタイルセイバー」を開発し、2021年6月に実用化を発表しました。同年3月には、地上88.10メートルの高層マンション「アトモスももち」(福岡県早良区)の外壁調査に初めて適用しています。
ドローンとAIによる判定の仕組み
外壁タイルの浮き調査は従来、足場を組んだり、ゴンドラや特殊車両を使って高所に人が近づいたりする必要がありました。スマートタイルセイバーは、タイルの目地とタイル面の温度差をドローンの赤外線画像から読み取り、タイル1枚ごとの浮きを熱分布データとして抽出します。判定結果はCADデータとして出力でき、赤外線画像と重ねることで、補修が必要なタイルの位置を特定できます。
人の目視による赤外線調査は、調査員の経験や見る角度によって判定にばらつきが出ることがあります。タイル1枚ごとに温度差をデータ化して機械的に判定するアプローチは、こうしたばらつきを抑えつつ、記録として残しやすい形にする狙いも兼ねています。
高所作業を減らす効果と適用条件
竹中工務店の発表では、このシステムにより仮設足場の設置などにかかるコストを抑えられるうえ、人が高所で作業する必要そのものをなくせるとされています。数値化された削減率は発表資料には記載されていませんが、高所作業という労働災害リスクの高い工程を、地上からの遠隔判定に置き換えられる点に建設業界としての意味があります。
発表資料では、赤外線画像をつなぎ合わせることで建物全体のタイル割図面を作成できること、AIが自動判定するため誰が判定しても同じ結果が出ることが挙げられています。安全基準の観点では、人が高所に上がる回数そのものを減らせることが、事故リスクの低減に直接つながる設計です。
日本国内には築年数を重ねた高層建物が数多くあります。竹中工務店の発表資料によれば、竣工から10年を経過した建築物については、建築基準法第12条により全面打診等による外壁調査が求められています。対象となる建築物や調査の方法には条件があるため、自社の建物がどこまで該当するかは所管の特定行政庁や専門家に確認するのが確実です。外壁タイルの浮きは放置すると剥落事故につながるため、定期的な調査が欠かせない一方、調査そのものが高所作業という危険を伴う作業でした。点検を安全にすることが点検の精度と同じくらい重要な業界であることを、この事例は示しています。
ただし、このシステムは竹中工務店が自社で開発したものです。同じ仕組みを各社が自前で用意することを前提とした話ではなく、外壁調査については赤外線調査やドローン撮影を請け負う専門の調査会社に委託するという選択肢もあります。自社で仕組みを持つか、外部に委託するか、従来どおりの調査方法を続けるかは、建物の規模や調査の頻度、社内に判定結果を扱える人がいるかどうかで変わります。事例を読む際は、技術の内容と同時に「どの立場でその技術に関わるか」を分けて考えると、自社の話に置き換えやすくなります。
参考:竹中工務店「ドローン撮影の赤外線画像から、AIが建物の外壁タイルの浮きを自動判定するシステム『スマートタイルセイバー』を開発し実用化」
施工管理・労務管理でAIが担う役割
建設業のAI活用は、竣工後の点検だけでなく、施工中の品質検査や工程管理にも広がっています。国土交通省が2024年に策定した「i-Construction 2.0」では、2040年度までに建設現場の省人化を少なくとも3割、生産性を1.5倍に高めることを目標に掲げ、施工のオートメーション化・データ連携のオートメーション化・施工管理のオートメーション化という3本柱を打ち出しています。国が旗を振る政策目標である以上、個社の取り組みにとどまらず、業界全体で足並みをそろえて取り組むべき課題として位置づけられていると読み取れます。
検査・点検領域で導入が先行する理由
配筋検査や外壁調査のように、合否の基準があらかじめ規格や設計図として明文化されている業務は、AIの出力を人が検証しやすく、導入が先行しています。これは前章で見た竹中工務店の事例とも重なる傾向で、基準が数値や図面として存在する業務ほどAIを当てはめやすいという建設業共通の特徴を示しています。
逆にいえば、設計値や規格が定まっていない仮設計画や、現場ごとの段取りといった業務は、判断の根拠がそもそも言語化されていないため、AIに任せる以前に基準づくりから始める必要があります。どの業務が先行しやすく、どの業務が後回しにせざるを得ないかを見分けることが、導入計画を立てるうえでの最初の分岐点になります。
人が最終判断を担う設計思想
一方で、施工管理におけるAI活用の多くは、AIがすべてを判定して終わりにする設計にはなっていません。竹中工務店のスマートタイルセイバーも、AIが抽出した熱分布データをCADデータとして出力する設計で、発表資料で説明されているのは判定とデータ出力までです。補修の要否をどう決めるかは、判定結果を受け取る側の運用に委ねられます。品質や安全に関わる判断ほど、AIの出力をそのまま採用するのではなく、人が確認する工程を残す設計思想が共通しています。
i-Construction 2.0が掲げる「データ連携のオートメーション化」は、測量・設計・施工・維持管理の各段階で個別に作られてきたデータを、一つの流れとしてつなぎ直す取り組みです。BIM・CIMのように3次元データで設計・施工情報を扱う仕組みが広がれば、AIが参照できるデータの粒度も上がっていきます。逆にいえば、紙の図面や部門ごとに閉じたデータのままでは、AIを導入しても学習・判定に使える材料が乏しく、効果が限定的になります。
もっとも、BIM・CIMの導入そのものは設計・施工の進め方を変える取り組みで、AI活用とは別に検討すべき投資です。AIを使いたいからBIMを入れる、という順序で考えると負担が先に立ちます。手元にある図面や検査記録を電子データとして揃えるところまでは、3次元データの整備を待たずに着手できる範囲です。まずはその範囲で何ができるかを確かめ、必要になった段階で基盤側の投資を検討する進め方が、規模の小さい会社では現実的になります。
参考:国土交通省「i-Construction 2.0~建設現場のオートメーション化~」
現場の入退場管理と労働時間の可視化
労務管理の分野では、ICカードや顔認証による入退場管理を通じて、現場ごとの労働時間を記録する仕組みが広がっています。顔認証のように個人を識別するデータを扱う場合は、利用目的の明示や安全管理措置など個人情報の取り扱いに関する手当てが別途必要になります。これまで手書きの日報や自己申告に頼っていた勤怠管理を客観的なデータに置き換えることで、時間外労働の実態を把握しやすくなります。
前章で見たとおり、建設業の年間実労働時間は他産業より長い水準が続いています。是正の第一歩は、まず現状の労働時間を正確に可視化することにあり、AIはその集計や異常値の検知を担う役割として位置づけられます。誰の労働時間が基準を超えそうかをあらかじめ把握できれば、人員配置を調整する猶予も生まれます。労務管理は技術の話である以上に、記録を人事評価や是正指導にどうつなげるかという運用設計の話でもあります。
なお、入退場の記録そのものを取る仕組みは、建設現場向けの入退場管理システムや勤怠管理システムを提供する事業者の領域です。導入を検討する場合は、そうした専門の提供元を比較することになります。AIが関わるのはその後段、集まった記録をどう集計し、どの数値を見て手を打つかという部分です。記録を取る仕組みと、記録を読んで判断する仕組みは別々に考えたほうが、必要な投資の順番を決めやすくなります。
建設業のAI活用でつまずきやすい制約
建設業のAI活用は、他業種と比べて特有のつまずき方をします。技術の良し悪し以前に、業界の構造がAI活用のしやすさを左右しているためです。ここまで見てきた鹿島建設・竹中工務店の事例は大手ゼネコンによる取り組みですが、規模の小さい企業ほど、次の4つの制約が導入の壁として先に立ちはだかります。
資格者・有資格技能者への業務集中
施工管理技士や特定の技能を持つ職人でなければ判断できない業務が多く、その担い手自体が減っています。AIが判断を支援できる範囲を広げても、最終的な承認や現場での実行を担える有資格者が不足していれば、導入の効果は頭打ちになります。AI活用の検討と並行して、誰が最終確認を担うのかという体制面の設計が欠かせません。
現場によっては、1人の主任技術者が複数の現場を掛け持ちしている場合もあります。AIによって書類作成や進捗確認の負担を減らせても、資格が必要な承認行為そのものは代替できないため、AI活用の効果は「有資格者の時間をどれだけ空けられるか」という指標で測るほうが実態に合います。
多重下請け構造による情報の分断
建設業は元請けから一次下請け、二次下請けへと工程が分かれる多重下請け構造が一般的です。現場の進捗や不具合の情報が、それぞれの階層で個別に管理されていると、AIに学習させる以前にデータが一箇所に集まらない状態になります。AIを検討する前に、まず自社と協力会社の間でどの情報をどう共有するかを決める必要があります。
協力会社ごとに使っている報告様式や記録方法が違うことも珍しくありません。元請けがAI活用を主導しても、下請け企業側の入力が紙のままであれば、結局は元請けの担当者が転記する手間が残ります。AI活用の効果を出すには、技術の選定より先に、関係する会社間で記録様式をそろえる調整が必要になる場面が多くあります。
この調整は自社の中だけで決められるものではありません。記録様式を変えることは協力会社の作業手順を変えることでもあり、取引条件や単価の話に触れる場合もあります。元請けの側で様式を決めて一方的に配るのではなく、実際に記入する人がどの項目なら無理なく書けるかを聞き取ったうえで決めるほうが、結果として定着します。AI活用の準備というより、協力会社との仕事の進め方をそろえる取り組みとして扱うのが実態に近くなります。
天候・地盤など制御できない条件
製造業のラインと違い、建設現場は天候や地盤条件、近隣環境といった制御できない要因の影響を強く受けます。AIによる工程予測や資材調達の最適化は、こうした不確実性を織り込んだ設計にしないと、現場の実態と合わない予測になりがちです。過去データが少ない特殊な現場ほど、AIの予測精度は下がりやすいことも踏まえておく必要があります。
同じ工種であっても、都市部の狭小地と郊外の広い敷地では作業条件が大きく異なります。過去の工事データを学習させる際は、条件が近い現場のデータをどれだけ集められるかが精度を左右するため、自社の工事実績を蓄積する期間そのものが、AI活用の前提条件になっている点にも注意が必要です。
日本語を母語としない作業員への対応
現場には技能実習生や特定技能人材など、日本語を母語としない作業員が加わる場面が増えています。安全掲示や作業手順を日本語のみで示していると、意図が正しく伝わらず、思わぬ事故につながりかねません。AIによる多言語翻訳や音声通訳は、こうした現場でも実務上の必要性があり、技能継承と同様に「伝える相手に合わせて情報の出し方を変える」という課題への対応として位置づけられます。
一方で、翻訳の正確さがそのまま安全に関わる点には注意が必要です。専門用語や現場特有の言い回しは訳し崩れが起きやすく、危険を知らせる表示ほど誤訳の影響が大きくなります。安全に関わる掲示や手順書は、翻訳結果をそのまま掲出せず、その言語がわかる人か現場責任者が内容を確認してから使う運用にしておくほうが安全です。ここでも、AIの出力を人が確認する工程を残すという考え方は変わりません。
建設業でAI活用を始める前に確認したい3つの手順
建設業でAI活用を始める際は、いきなりツールを選ぶ前に、自社の業務とデータの状態を確認する順番が重要になります。ここまで見てきた事例と制約を踏まえると、着手の順番を誤らないことが、結果的に手戻りの少ない道筋になります。
手順1:判定基準が明文化されている業務を洗い出す
検査基準や設計値のように、合否や良否の基準がすでに文書として存在する業務から候補を挙げます。基準が現場監督の経験や勘に依存している業務は、AI活用の前段階として基準の言語化から着手する必要があります。図面・仕様書・過去の検査記録がどの程度電子データとして残っているかも、この段階であわせて確認しておきます。
洗い出した業務は、月あたりの所要時間を添えて並べ替えます。基準が明確で時間もかかっている業務が最初の候補になり、基準は明確でも年に数回しか発生しない業務は後回しにできます。この並べ替えまで済ませておくと、社内で優先順位を説明する際に根拠を示しやすくなります。
手順2:対象範囲を絞って小さく試す
全現場・全工程に一度に導入するのではなく、特定の現場や特定の工程に絞って試します。判定結果を人が確認し、想定どおりに機能するかを見極めてから、対象を広げる進め方が現実的です。協力会社を巻き込む場合は、最初から全社に展開するのではなく、記録様式の調整も含めて1社と試すところから始めると、想定外の負担を早い段階で洗い出せます。
試す前に、期間と判断の基準を決めておくと引き際がはっきりします。どれくらいの期間試すのか、何がどうなっていれば続けるのか、逆にどうなったら手を止めるのか。この3つを先に書いておけば、成果が出ない場合でも「合わなかった業務がわかった」という形で次に進めます。基準を決めずに始めると、続けるかどうかの判断そのものが宙に浮きます。
手順3:最終判断を担う体制を決めておく
AIの出力をそのまま業務に反映するのではなく、誰が最終確認を担うのかを先に決めます。品質や安全に関わる業務ほど、この体制が曖昧なままではAIの導入自体が現場の不安材料になります。あわせて、AIの判定に納得できなかった場合の差し戻し手順も決めておくと、現場での混乱を防げます。
差し戻しが起きたこと自体も記録に残しておくと、あとから見直す材料になります。どの条件のときに人の判断と食い違ったのかが溜まれば、AIに任せる範囲を広げるべきか、逆に狭めるべきかを事実で判断できます。体制を決めるというのは担当者を割り当てることだけでなく、判断の履歴が残る形にしておくことまでを含みます。
よくある質問
建設業のAI活用を検討する際によく寄せられる質問を、ここまでの内容と重ならない範囲でまとめました。導入の可否や進め方を判断する材料としてご覧ください。
建設業のAI活用でまず着手しやすい業務はどこですか
検査基準や設計値のように判定基準がすでに文書化されている点検・検査業務です。合否の根拠が明確なため、AIの出力を人が検証しやすく、着手のハードルが低くなります。
中小の建設会社でも生成AIや画像判定AIは導入できますか
可能です。クラウド型の生成AIサービスやSaaS型の点検AIは大手ゼネコンに限らず契約でき、自社開発をしなくても始められます。ただし現場データの整理と利用ルールの整備が前提になります。点検AIのように現場の機器や撮影を伴う仕組みは提供している事業者が限られるため、自社で扱えるデータの範囲を確認してから提供元を比較する順番になります。
建設業のAI活用は技能継承の課題をどこまで解決できますか
熟練者の判断や作業を記録し、検索・比較できる形にする土台として役立ちます。ただしAI単独で技能そのものを移せるわけではなく、記録と検証を担う人がいて初めて仕組みとして機能します。
建設業でAI活用を進める際、最初に確認すべきことは何ですか
どの業務のどのデータが構造化されているかの棚卸しです。判定基準が曖昧な業務にAIを充てても検証できず、現場に定着しません。データが揃っている業務から着手範囲を絞り込む必要があります。
建設現場で安全管理にAIを使う場合、最終的な責任は誰が負いますか
AIはあくまで危険の兆候を検知したり判定材料を示したりする位置づけで、安全確保の責任はAIを導入しても事業者や現場の管理者の側に残ります。ただし元請と協力会社の役割分担や作業形態によって法令上の責任主体は変わるため、個別の線引きは労働安全衛生の専門家に確認してください。AIの判定を鵜呑みにせず、人が確認する工程を運用に組み込んでおくことが前提になります。
まとめ
建設業のAI活用は、就業者の減少と高齢化という構造的な課題のうえに成り立っています。鹿島建設の「Kajima ChatAI」は情報セキュリティを固めたうえでの全社展開、竹中工務店の「スマートタイルセイバー」は高所作業そのものを減らす点検の自動化と、着眼点は異なりますが、どちらも判定基準や情報の扱いを先に整理したうえでAIを組み込んでいる点は共通しています。
自社での着手を考える際は、判定基準が明文化されている業務から絞り込み、最終判断を担う体制を決めたうえで、小さく試すところから始めるのが現実的です。他社の事例をそのまま当てはめるのではなく、自社の現場に置き換えたときに何から手を付けられるかを見極めることが、次の一歩になります。
人手不足と技能継承の遅れは、AIを導入したからといって一度に解消される課題ではありません。ただし、判定基準の言語化やデータの記録様式をそろえる作業は、AI活用の有無にかかわらず、いずれ必要になる備えでもあります。着手のタイミングを先延ばしにするほど、記録できたはずの熟練者の判断が失われていく点は、押さえておく価値があります。
この記事で紹介した2社の事例は、いずれも大手ゼネコンによる取り組みです。中小の建設会社では同じ規模で環境を構築することは難しくても、判定基準を明文化する、記録を電子データに残す、協力会社と記録様式をそろえるといった土台づくりは、規模にかかわらず着手できます。設備投資よりも先にこうした地道な整備から始めておくと、AI活用に踏み出したときに効果を確かめやすくなります。
malnaが支援できるのは、業務の棚卸しと削減できる工数の見立て、扱う情報の範囲とAI利用ルールの整理、そして業務側のAI活用の設計と定着までです。外壁点検や入退場管理のように現場の機器を伴う仕組みは専門の事業者が担う領域のため、どこを誰に相談するかの切り分けからご相談ください。なお建設業での公開導入事例はまだありません。
AIを使える人材が社内にいない場合
現場ごとに条件が違うことはわかった。でも、その違いを記録してデータにしていく人が社内にいない。点検データや判定基準を蓄積するほど活用の幅は広がりますが、それを最初に運用に乗せる人手までは今日明日で用意できるものではありません。malnaでは、AI活用の実務経験を持つ人材をご紹介するAIタレント名鑑を運営しています。採用ではなく業務委託として、週1日から相談いただけます。
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